過去のエピソード

1.事務所開業と同時にお客さんが殺到!嬉しい悲鳴

平成8年6月に開業して、ありがたいことに次から次にお客さんの紹介を頂き、結果的に半年経過時点で30件弱の新規顧客との顧問契約締結となりました。

これは私たちの業界においてはセンセーショナルなことで、その後TKC全国会のいろいろな勉強会でこのことについて講演をする機会を頂くことにもなりました。今思えば、独立開業する35歳までろくに人前で喋ったことがない人間が、曲がりなりにも現在あちこちで講演をするようになったきっかけにもなりました。ありがたいことです。

ただ、その当時お客さんを増やすコツということで期待して私の話を聞かれた人が多かったと思いますが、別に凄い秘法を御教授できた訳でもなく、よく聞いてみるとただ単に真面目に仕事をして、真面目に友人やお客さんとお付き合いをした結果で紹介が増えましたという話でしたので、あまりに当たり前の結論にがっかりされた方も多かったのではないかと今にして思えば心配をしています。

でも、世の中でコツや秘訣と言われるものは聞いてみれば、ごく当たり前のことばかりですよね!


普通は開業期に物凄い苦労をされる方が多い中で、私は本当に幸運なスタートを切る事ができました。
神様、仏様、世間様に感謝です。

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2.事務所始まって以来最大のピンチ 金融庁の立ち入り調査!

もうこの事件が起こって10年以上は経ちますので、時効だと思いますから思い切って書きます。

過去にうちの事務所が税務の顧問から派生して上場指導コンサルティングをしていて、結果的にヘラクレスに上場することに成功したお客さんがおられます。これだけ聞けば有難い話なのですが、ある年の2月に10数億円の粉飾決算容疑と有価証券報告書虚偽記載の疑いで、会社に金融庁の強制調査が入りました。それだけでも驚天動地の出来事です。

しかし、事はそれだけでは終わりません。
高額の顧問報酬を頂き、上場に至るまでの重要な道筋において指導的な立場にあった私も、この会社の社長と共謀関係にあったということで、その年の6月1日の正午に金融庁による突然の強制調査がありました。

私としては事前にある程度の予想はできたものの、やはり青天の霹靂です。あの天下の金融庁の強制調査の対象になるというだけで「お前なんかやったの?」的な雰囲気が私を取り巻きます。
当日の強制調査は非常に厳しいもので、段ボール箱にして30数箱分(とにかく私の個人的なパソコンや携帯電話まで取り上げられました。返還されたのは無実無罪が証明された1年後でした。)の資料をトラックで持ち帰られ、自宅を始めとして両親の家まで徹底的に捜索の対象にされたのでした。

投入された捜査官の人数も10名を上回る数で、その内の若手の一人は「先日、ちょうどライブドアの強制調査に出向いてテレビに映った。」と息巻いておられた(ちょうどライブドアが世間を騒がした直後です。)ので、ますます私は心配になったのでした。

通常でしたらこれだけで精神的にやられてしまうのですが、私の場合はそれから数ヶ月後には狭い取調室で捜査官2名と、朝の10時くらいから夜遅くまで何日もかけて延々と取り調べが行われました。同じ話を何度も何度も手を変え品を変えて聴き込まれます。もう精神的にはアップアップの状態まで追い込まれました。

結局、この強制調査は丸一年かかって翌年の6月末だったと思いますが、金融庁の担当捜査官がうちの事務所に訪ねてこられて、問題事項は無かったことを表明されて白色決着となりました。

私としてはホッと一息。
最終的には法廷まで持ち込んで双方の見解を闘わせねばならないかもしれないと長期戦を覚悟していただけに、その話を聞いて、安堵のあまりその場で倒れそうになりました。

結果的には、あの優秀な金融庁が大量の捜査官を投入して強制調査をしても何らの違法事項も発見できず、単なる見込み捜査であったことを認めざるを得ない結論になり、私の事務所の正当性を証明できる結果となりましたので良かったのですが、日々のきっちりとした証拠の積み上げに基づく会計や税務の指導の重要性を身をもって痛感した次第です。

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3.お客さんの取引先さんとの紛争解決にサンフランシスコまで...

お客さんの業務提携先さんがサンフランシスコに本拠を置いておられる日系の社長さんでした。

この会社とお客さんがとある取引について揉め始め、話がこんがらがってしまったために、そもそも当初の取引実態や内容を会計資料を基に説明をして先方の誤解を解消する必要に迫られたことがありました。
結局、この説明にお客さんの会社の役員の方(大手商社の元商社マンで英語の堪能な方でした。)と二人でサンフランシスコに出向き、商習慣の違う先方を相手に身振り手振りの熱演で、概ねの問題解決に至ったのでした。

結果的にハッピーエンドの結末に終わりましたが、己の英語ができない非力を痛切に感じた一幕でした。
日本国内のお客さんでも時代はグローバル化の進行著しく、まさか自分が国内の税務顧問をしている案件で米国人相手に取引の状況説明をする事態になるなんて思いもしなかったことです。

依然として英語ができない私ですが(笑)、お客さんが海外の取引先と取引する機会が飛躍的に増え、インターナショナルな業務支援ができるようにならなければなあという思いに悩まされている今日この頃です。

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4.一年の内、200日近く東京出張でヘトヘト

これも今は昔ですが、1990年代後半に上場ブームで市場が湧いていた頃に、上場コンサルティングの受託が相次ぎ、多い年は年間200日近く東京を始めとした大阪以外の都市への出張が占めたことがありました。

事務所を開業してまだ4~5年の頃ですから、私も狂ったように仕事をしていた時期ですが、これには心身ともに参りました。
食生活も乱れに乱れ、体重も10㎏前後増えてしまいました(未だにずっと引きずっています。)。

今から考えるとこの時期が一番仕事を頑張った時期だったと思います。ほとんど休みがなくて、労働時間も早朝から深夜まで。お盆と正月だけは休みましたが、休むとホッとするからなのか分かりませんが、今までの疲れが一気に吹き出して高熱が出る有り様でした。まさに若いからできた数年間だったと思います。
今は実務的なことはすべてスタッフがやってくれていまして、私は判断業務の部分を務めるだけになっていますので体力的にはずっと楽になりました。

こんな事は、まさに若くて、なおかつ自営業者だからできたことですよね(サラリーマンだったら絶対に病気になっていたと思います。)。

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5.TKC全国会の表彰旅行

仕事に対して一生懸命に頑張っていると、結果的にTKC全国会の各種のキャンペーンで全国表彰対象の常連になるようになりました(概ね約1万会員中の300会員前後が表彰対象になります)。
TKC全国会のキャンペーンはその都度キャンペーン対象が異なるのですが、概ね以下の事項が対象になることが多かったです。

  1. お客さんの会社に毎月訪問して、月次決算の内容を監査し、翌月中に内容を確定する翌月巡回監査を推進すること。
  2. お客さんの記帳代行をするのではなく、FX2という会計ソフトウエアを使って自計化指導をすること。
  3. お客さんの決算申告の精度を保証するべく税理士法第33条の2に規定されている書面添付を推進すること。
  4. 継続MASというソフトウエアを使って、決算対策、予算作成指導、予算実績対比分析等のコンサルティングを推進すること。
  5. 国税局が積極的に推進している電子申告について事務所としても積極的に普及推進すること。
  6. 企業防衛を積極的に推進すること。

結果的にハワイやオーストラリア、カナダ、カンボジア、ベトナム、さらにはスイスやフランス、イタリアへ表彰旅行に連れて行ってもらい、
仕事漬けの生活の中でひと時のオアシスのような良き思い出になっています。

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